常に学び、楽しんで。井波彫刻師 島田見根夫
「彫刻って楽しいじゃないですか。だって、そのために井波に来たんだから。」
そう朗らかに話す島田氏は、高校卒業と同時に井波彫刻の門戸を叩き、半世紀近くを経てなお、「すべてが学び」という姿勢を崩さない。
伝統的な井波彫刻を手がける一方、日展をはじめとする公募展でも作品を発表し、現在は日展会員、井波彫刻伝統工芸士会会長も務める。
長年ストイックに研鑽し彫刻を制作し続けてきてなお、話の中でたびたび出てくる「勉強」という言葉に背筋が伸びる思いがした。
井波彫刻との出会いと修行時代
故郷を離れて
島田氏は石川県羽咋郡志賀町の出身。子どものころから絵を描いたり工作をしたりすることが好きで、将来は大工になりたいと思っていたという。
井波彫刻との出会いは高校時代のことだった。
卒業後の進路について考えていたある日、たまたまテレビに映った瑞泉寺の彫刻を目にした。
「かっこいいと思った。これだと思った。」
高校3年の夏、進路指導の先生のつてを頼り、初めて井波を訪れた。3か所ほどの工房を訪ねたのち、三代目加茂蕃山氏に師事することになった。
生まれ育った土地を離れ、職人の町へ。
隣県でありながら、井波は地元よりも雪が多く、最初は大変に感じたという。
当時、師匠のもとには島田氏を含め9人の弟子がいた。遠く静岡から修行に来ていた同期もいた。
現在も井波で学びたいという若者は県の内外で後を絶たないが、1つの工房だけで9人も弟子がいたというのは往時の井波彫刻の勢いを感じるエピソードだ。
ひたすら学びに邁進する
入門して最初の1週間は、ひたすら獅子頭の絵を描いた。
正面、上、後ろ。そして内部の構造をデッサンする。
そして、あらゆる方向から形を捉え、採寸し、製図に起こしていく。
表面だけではなく、その形がどう成り立っているのかを理解する。
そうして1か月ほど経つころから、兄弟子に教わりながら、少しずつ実際の彫刻に取り組むようになった。
島田氏の確かな技術はこうした「かたちを正しく捉えアウトプットする」修練から学んだことが土台にあるのだろうか。
「井波には彫刻をしに来たんやから」と、休みの日も遊びに出ることはほとんどなく、彫刻の練習や勉強に時間を使った。
節のある木を扱うときでさえ、「技術を学ぶチャンス」だと考えたという。
人間関係で苦労することもあったが、周囲の兄弟子たちに励まされながら、ますます自分の修行に集中した。
やがて師匠が亡くなり、島田氏は番頭として後輩たちを見る立場になった。
このこともまた、「後輩にがっかりされたくない」と、より一層技術を身につけようとする原動力になった。
当時を振り返り、「褒められたことはないけど、温かく見てもらえていたんじゃないかな」と目を細める。
「彫刻」をやる
30歳で独立した島田氏は、井波彫刻師として欄間や置物など、さまざまな注文仕事を手がけてきた。一方で、修行時代から少しずつ井波彫刻以外の彫刻の世界にも足を踏み入れていた。
きっかけは、現在の四代目加茂蕃山氏であり、兄弟子でもあった為男氏だった。
為男氏が公募展に出品する作品制作のため、島田氏にモデルを頼むことがあった。
そこで人体の骨格や立体表現に触れ、「自分の勉強にもなるのではないか」と興味を持つようになったという。
当時多かった依頼の伝統的な欄間彫刻は半立体、展覧会作品は立体だからこそ、やらないよりやった方が自分の学びに繋がると考えて、展覧会用の作品制作を始めた。
日展には3度目の挑戦で初入選。その後も日展や日本彫刻会展覧会などで作品を発表し、受賞を重ねてきた。令和7年度の日展では《いつの日か》にて東京都知事賞を受賞している。
東京都知事賞受賞作品《いつの日か》今にも息遣いが聞こえてくるよう。
常に学ぶ、常に挑戦
島田さんは、これが得意だというものはありますか。
ー特別に何かというより、平面か立体かで言えば立体の方でしょうか。でも、『何が得意か』という評価は他人が決めることだと思っています。
自分では、すべてを「挑戦」と捉えています。
『これが得意』と決めつけてしまうと、ほかのことを学ぶときに引っかかってしまうと思うんです。
半世紀近く彫刻を続け、日展会員となり、伝統工芸士会の会長を務める現在も、その姿勢は変わらない。むしろ、まだやったことのないものに興味があるとにこやかに話す。
ー今までやってこなかった、思いつかなかったような彫刻の依頼をやってみたいですね。
あれこれとやってみたいことがたくさんあって、そうした中で依頼いただいたものが「そうや、これやってみたかった」というようなことが多くて、楽しんでやってきました。
仏像も多く手掛ける島田氏。
時代が移りゆく中で技法や表現が変わっていき、また地域ごとのやり方や流派もある中で、自分が作る仏像もその一つだと思うと語っていたのが印象的だった。
どのようなかたちであれ仏像は仏像である。
心があれば仏のあらわし方に決まりはないーそれはまさしく般若心経にある通りの「色即是空、空即是色」ではないだろうか。
それは、伝統的な井波彫刻も現代彫刻も学び「彫刻に垣根はない」と考える、氏のスタンスにも通じると感じた。
井波彫刻について思うこと
島田さんにとって井波彫刻とは何でしょうか。
ー井波彫刻は、ずっとこの土地と一緒に育ってきたものだと思います。
井波ではのんびりした生活の中で彫刻が生きていますよね。今なお職人の集団が存在して、産業として発展してきた背景には、雪が多く、交通の便も良くないという、そうした『ある程度の不便さ』も背景にあるのではないでしょうか。
一般には弱点とも捉えられる土地の不便さを、島田氏は彫刻文化を育んだ土壌の一つとして見る。
この土地に腰を据え、技術を学び、仕事をしながら次の世代へつないできた。
連綿と続いてきたその連なりの中に、島田氏もいるのだ。
井波彫刻で伝統的に作り続けられてきた天神様を制作する。次世代へ繋ぐ思い
島田氏は現在、井波彫刻伝統工芸士会の会長を務めている。
井波彫刻師として仕事をするかたわらで現代彫刻作品も手掛ける中、「伝統工芸士にも新しい風が必要だ」という言葉をきっかけに伝統工芸士の資格を取得した。
伝統的な井波彫刻の仕事と現代彫刻作品の制作の間に垣根はないと考えたという。
そして今、若い彫刻師たちにも伝統工芸士を取得してほしいと考えている。
欄間を中心とした従来の仕事だけで彫刻師を続けていくことが難しくなっている中、伝統工芸士という資格があれば、自身の技術力を外へ示す一つの証明になるからだという。
そして、若い人たちにも伝統工芸士会へ入ってほしいという。
やはりストイックに、「そのためには自分たちの世代が一生懸命頑張っている姿を見せないといけない」と語る。
「後に続く人たちから“あの人ら、頑張ってるな”と思ってもらいたい。
それが、その次の世代、そのまた次の世代へと繋がっていくと思うんです。」
デフォルメされたデザインがかわいい。彫刻に垣根はない。