自分の歩幅で歩む 井波彫刻師・久保大樹

自分の歩幅で歩む 井波彫刻師・久保大樹

美術やものづくりとは異なる分野から井波彫刻の世界へ飛び込んだ、珍しい経歴を持つ久保大樹氏。

生まれ育ったのは北海道。
大学時代を過ごした新潟で、北海道と本州の文化的な違いに興味を抱いたこと、それから中学時代から考えていた“職人”という生き方への関心が今に繋がっていった。

周りとは異なるスタートであったからこそ地道に歩み、努力を積み重ねてきた、その背景に想いを馳せる。

“職人”へのあゆみ

萌芽

中学生のころから漠然と抱いていた夢は職人だった。

進路希望で「農業か職人をやりたい」と伝えたものの、担任から「とりあえず高校に行こう」と促され高校へ入学。

入学した高校が進学校であったため、周りが皆大学へ行くならばと深く考えず、しかし誰とも被らないところを、と選んで進学したのが新潟大学人文学部だった。

大学時代、マスメディアを中心に就活をしていた時期もあったが、やはり職人になるには今しかできないと職人を目指すことにしたという。

新潟県内の伝統工芸職人のもとを尋ね歩いたうちの1軒で、井波彫刻の存在を知った。

なぜ中学生の頃から「職人」という生き方に惹かれていたのだろうか。

「当時はバブル期で、人が汗水垂らさなくても、右から左へ流すだけで大金が手に入るような時代だった。でも、そういうことに子どもながらに疑問を持っていて。自分の手で働く、汗を流して働くということを目指そうとしていたんだと思います。」

農業にも興味はあったが、家業が農家ではなかったことから「職人の方が現実的だろう」と考えたという。

中学生にして既に自分なりの仕事観を持っていた久保氏。
その感覚は、その後の生き方にもつながっているように思える。

ちなみに大学の専攻は日本民俗学。

元々は考古学を希望していたが、初めて訪れた新潟で、立派な寺院や彫刻、伝統工芸、日本家屋、障子、瓦屋根など、北海道では珍しい日本の伝統文化を初めて目にしたことがきっかけで、日本の伝統文化をもっと知りたいと考えるようになった。

そうした関心や思索の積み重ねが、現在の久保氏をかたちづくっているように思う。

修行時代

職人になるという夢を抱え、全くの彫刻未経験で井波へ行った久保氏。

同じく北海道出身の親方のところはどうかと紹介されたのが荒城雄山氏だった。
そこで荒城氏の最初で最後の弟子として、5年の修業期間を過ごした。

修行時代について、「よく想像されるような厳しい修行時代ではなかった」と言う久保氏。

荒城氏はいわゆる“寡黙で厳しく職人らしい親方”というよりも、社交的な明るい親方で、彫刻だけでなく井波で生きていく上での人間関係や周囲との関わり方も教えてくれた。

町内のソフトボールに連れていかれたり、突然キャッチボールに誘われたりと、親方には息子のようにかわいがってもらったと当時を振り返る。

本当の修行は

しかし5年間の年季を明けて独立した久保氏だが、そこからが本当の修行だったという。

親方のもとで身につけた技術があっても、周りと比較して焦り、思い詰め、「5年やってもまだ彫刻を知らない」「自分は仕事ができない」と苦しむ日々が続いた。

それでもここまで続けられたのは、わからないことを教えてくれる、助言してくれる良き先輩との出会いがあったからだと話す。

そうした中で、「自分は自分の歩幅でしか歩けないから」と考え方を徐々に変えていった。

「どうして今自分が生きているのかはわからない。
ずっと勉強中ではあるけど、振り返ればあの時の自分よりは今の方ができるようになっているなと。なんとか30年くらいやって来れたから、辞めないで真面目に取り組めば生きていけるのかなと、そう思います。」

天神様を彫る久保大樹氏
天神様を彫る久保氏。

井波彫刻師という職人について

作り手の自我は“無”

現在、天神様を中心に制作する久保氏。

弟子入りする前までは、「決められた物を正確にきれいに仕上げる」ことが職人の仕事、というイメージがあったという久保氏だが、井波彫刻の仕事はそういう仕事よりも職人ひとりひとり違った個性が重視される傾向が強い。

自身は作家やアーティストのようなことは向いていないというが、久保氏が手掛ける天神様は端正な顔立ちが特徴的だ。

久保大樹氏が制作した井波彫刻の天神様
久保氏の天神様

久保さんの天神様はすごく整った、端正な顔立ちですよね。
どのようにお顔を作っていますか。

―ありがとうございます。
お客さんが色々な受け取り方をしてくれるように僕自身は“無”にして作っています。

例えば穏やかそうとか優しそうとか、そういういろんな捉え方をしてもらう方がキャッチーだと思ってるんですよね。だから作り手の自我は“無”にしたい。

天神様を作るときはどのくらい時間がかかりますか。

―顔だけで1週間から10日程度でしょうか。

一気にやると、自分では左右対称に整っていると思い込みがちなので、作業したところを少し時間を置いて見直し、少しずつ修正する作業を繰り返します。

時間を置いて見直すと必ずどこか違和感が見つかるからです。
このような作業を少しずつ繰り返して仕上げていきます。

個性とは

久保さんはカモノハシや三尾の狐などの丸みのあるかわいらしい動物の作品も作られていますが、端正な天神様とのギャップが面白いですね。

―動物が好きなのもありますが、あまり彫刻で見ないようなものをと思って作っています。

木彫刻は写実よりもデフォルメだと思っているので、デフォルメ化していく中で領域を拡げてこういった作品も作っています。

丸みのあるフォルムなのは、コミカルでふっくらしたものが好きだからですね。

久保大樹氏作「鴨嘴獣(カモノハシ)」
鴨嘴獣(カモノハシ)。井波彫刻師が腕を競い合う「井波彫刻大賞」で奨励賞を受賞した。
鴨嘴獣(カモノハシ)の作品ページはこちら

久保さんにとって井波彫刻だからできることや他の伝統工芸産地との違いについてどうお考えですか。

―井波彫刻は、例えば天神様や獅子頭でも同じものを作っても10人が10通りのものが出来上がるのが良いですよね。

わざわざ個性を出そうとしなくても、制限されたフォーマットの中で自然と作り手の個性が出てくる。この決まったフォーマットの中でどうしようかと考えて試行錯誤するのが好きです。

あと、井波の良いところとしては、彫刻会館での展示でも天神様展※でも、お客さんに見てもらう半分、同業に見てもらう半分なんですよね。

これが井波の産地としての強みだと思います。

自分なりに一生懸命やっても、他の人と並べたときに自分の弱い点がわかるし、先輩方からダメ出しをもらうこともあっていろんな指摘をいろんな方向からしてもらえる。

特に若い頃はそこでたくさんアドバイスをもらって学ぶことができましたし、それが今に繋がってると思います。

これからも様々な作り手の商品が一斉に並んでいる中で見てもらって、いいねと思ってもらえるような、そういうものを作っていきたいです。

山登り

取材の終わりに、久保氏は彫刻以外の楽しみについても話してくれた。

井波に来てから好きになったという山登り。その楽しみは、山頂でおにぎりを食べることだという。初めての登山には軽装で出かけてしまい、一緒に登った人たちにあれこれと教えてもらいながら、装備を揃えていったそうだ。彫刻の先輩たちに教わってきた話にも通じる、周囲の人が手を差し伸べたくなるような人柄がうかがえた。

身近なことから楽しみを見つけるのが上手ですね、と伝えると、久保氏は静かにこう答えた。

「何者にもなれなかったから、そうやって楽しみを見つけていかないとね」

自分を大きく見せようとしない、その飾らない言葉が印象に残った。彫刻の道で試行錯誤を重ねながら、日々の小さな楽しみも大切にする。そんな久保氏の「自分の歩幅」に、少し触れられた気がした。


※天神様展とは
天神様とは菅原道真公の彫像で、井波彫刻の代表的な商品のひとつ。
富山県を中心に北陸エリアでは、男児が生まれると天神様を祖父母から孫へ送る風習がある。井波彫刻総合会館では組合員作品の展示販売の他、年に一度、天神様展を開催している。

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